2−2.マウス・ラットを用いた情動行動における手綱核の研究

睡眠と手綱核

     うつ病の主な症状の1つに不眠症があります。睡眠は、速い眼球運動を伴うレム睡眠とそれ以外のノンレム睡眠に分けられ、入眠後は、ノンレム睡眠⇒レム睡眠⇒ノンレム睡眠という周期を繰り返します。うつ病患者の場合、レム睡眠が強固に安定化し、入眠後より短時間でレム睡眠が出現したり、レム睡眠中の急速な眼球運動が増加したりする傾向があります。しかし、このような睡眠障害がどのようにして起こるのかは不明なままでした。


 うつ病の原因となる病巣の候補として、近年、脳の中心部にある外側手綱核が注目されています。この部位は魚からヒトまでが持っている進化的に古い脳の領域です。外側手綱核を電気刺激すると、神経伝達物質セロトニンを分泌する神経細胞の活動が弱まることから、外側手綱核はセロトニン神経系の制御中枢として知られてきました(図8)。また、セロトニンの枯渇がうつ病の症状を悪化させることから、「外側手綱核の過剰な活性化が、セロトニン神経系を過度に抑制し、うつ病の症状を悪化させる」という仮説が注目されています。実際、fMRI(機能的核磁気共鳴画像装置)などを用いた研究では、うつ病患者の外側手綱核で血流量が異常に増加して脳の神経活動が活性化している様子が分かってきており、また、うつ病に似た症状を示すラットでも、外側手綱核での神経伝達効率が上がっています。しかし、外側手綱核の機能は不明な点が多く、睡眠障害に代表されるうつ病症状と外側手綱核の関係の詳細はよく分かっていません。

     私たちは最近、ラットを用いた電気生理学的解析により、うつ病関連物質セロトニンの活動を制御する外側手綱核が、レム睡眠も制御することを発見しました(Aizawa et al.,2013, J Neurosci)。私たちは学習・記憶形成に重要な海馬と呼ばれる脳領域で起きる振動性の脳神経活動「海馬シータリズム」に着目しました。ラットのようなげっ歯類では、海馬シータリズムはレム睡眠や不安などを感じたときだけに発生する特殊なリズム活動です(図9)。睡眠中のシータリズムを観察すると、その動物がレム睡眠中なのかノンレム睡眠中なのかを判別できます。


 外側手綱核がレム睡眠の発生と維持に果たす役割を調べるため、外側手綱核を破壊したラットを作製し、レム睡眠の長さを調べました。その結果、外側手綱核を破壊すると総睡眠時間に占めるレム睡眠の割合が約41%減少しました(図10左)。また、レム睡眠は睡眠中に何度か繰り返されますが、外側手綱核の破壊は1回あたりのレム睡眠時間を約24%短くする効果がありました(図10右)。これらは、外側手綱核がレム睡眠の維持に重要な役割を果たしていることを示しています。


 さらに、外側手綱核がレム睡眠中にどのように活動するかを調べるため、睡眠中の野生型ラットを用いて外側手綱核と海馬の神経活動を同時に計測しました。その結果、ラットがレム睡眠に入り海馬シータリズムが出現すると、外側手綱核の神経細胞が、シータリズムと同期して活動するようになりました。つまり、外側手綱核は海馬と協調して活動していることが明らかとなりました。

 この研究成果によって外側手綱核の過剰活性化が、うつ病患者に見られるレム睡眠の強固な安定性の原因である可能性が出てきました。今後、外側手綱核の過剰活性化がレム睡眠に与える影響を調べることにより、うつ病患者における睡眠異常の病態が明らかにされるものと期待しています。