2−1.ゼブラフィッシュを用いた情動行動における手綱核の研究

ゼブラフィッシュとほ乳類の手綱核の相同性


      手綱核は間脳背側にあり、終脳からの情報を中脳のドーパミン神経細胞群や後脳のセロトニン神経細胞群を制御しています。この手綱核という構造とその結合様式はゼブラフィッシュを含めた魚類から哺乳類まで、非常に良く保存されています。魚類では手綱核は背側手綱核(dorsal habenula)と腹側手綱核(ventral habenula)からなります。私たちの研究室は最近、遺伝子マーカーの発現パターンと投射様式が同じであることから、魚類の背側手綱核と腹側手綱核がそれぞれ哺乳類の内側手綱核と外側手綱核に相当することを発見しました(Amo et al., 2010, J Neurosci, 30, 図4)。


      さらに、私たちはゼブラフィッシュの背側手綱核は外側亜核(lateral subnucleus)と内側亜核(medial subnucleus)に分かれており、内側亜核は脚間核の腹側半分に外側亜核は脚間核の背側半分に選択的に投射することを発見しました(図6、Aizawa et al., 2005, Curr Biol, 15)。興味深いことに、背側手綱核は左右非対称性を示しており、左側の背側手綱核では外側亜核が内側亜核よりも有意に大きく、右側の背側手綱核ではその逆であることがわかりました。この左右差は手綱核の発生の過程でそれぞれの亜核の神経細胞が誕生するタイミングが異なることにより生まれることもわかりました(Aizawa et al., 2007, Dev Cell, 12)。

     ゼブラフィッシュは新奇なものを右目を頻繁に使って見るという、右目使用優位性があることが報告されています(Miklo´si A et al., 1997, Physiol Behav, 63)。さらに、背側手綱核も含む脳の左右非対称性が逆転するゼブラフィッシュの変異体(mutant)においては、左目を頻繁に使って新奇なものを見ることが示されました(Barth et al., 2005, Curr Biol, 15)。ゼブラフィッシュの背側手綱核における左右非対称性とそれぞれの亜核の投射先の違いから、情動行動を含む行動の制御が左右非対称性によって支えられている可能性が考えられます。

 

恐怖に対する行動の選択と手綱核

     ゼブラフィッシュの背側手綱核の外側亜核、内側亜核はそれぞれ脚間核の背側、腹側に投射します(図6)。

図6

手綱核からの投射パターン

     私たちはさらに、脚間核の背側は逃走反応や攻撃反応などの、脅威に対する情動反応の中枢である中心灰白質(central gray=哺乳類のperiaquedactal gray :PAG相当する)に投射しており、脚間核の腹側はストレスに対応するだけでなく、戦略的行動プログラムを成立させる際にも大きな役割を果たしている、セロトニン神経細胞群を含む縫線核(Raphe´)に投射していることを示しました(Agetsuma et al., 2010, Nat Neurosci, 13)。

     そこで、私たちは背側手綱核の内側亜核の神経細胞群から脚間核腹側の神経細胞群への情報伝達だけを特異的に阻害するような遺伝子改変ゼブラフィッシュを作成し、恐怖条件づけ学習をさせた魚がどのような行動をとるかを調べました。恐怖条件付け学習において、魚は10センチ四方の水槽に入れられ、赤色ランプを10秒間点灯し最後の0.5秒間に魚にとって嫌な刺激である(嫌悪刺激)、軽い電気ショックが同時に与えられます。この試行を複数回繰り返すと魚は、赤色ランプが提示されただけで電気ショックを予想するようになり、逃避行動を起こそうとします。しかし、背側手綱核の内側亜核―脚間核腹側神経回路の機能を阻害した魚では、赤色ランプが提示されても逃避行動を起こさず、過剰なすくみ行動をとることがわかりました(図7)。

     この結果から、私たちの研究室では、ゼブラフィッシュの背側手綱核の内側亜核は動物が脅威を感じた時に情動反応として「逃走」するか「すくむ」か、どちらの行動を選択するかのスイッチの役割をしている可能性があると考えています。

  

 →マウスラットを用いた情動行動における手綱核の役割の研究