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                                          相澤秀紀

<目標>

 大学を卒業してから精神神経科の診療に携わる機会を得、精神疾患の複雑な病態の基本である高次脳機能解明を志しました。なぜ安定な状態ばかりではない我々の精神生活が、多くの場合統合失調症や躁鬱病などの機能失調に陥らないのでしょうか。このような安定性は一つの遺伝子や脳の一部で担われるものではありません。複数の入組んだ神経回路が協調的に働き、状況に応じて安定した適応行動を生み出すと考えています。こういったシステムレベルでの脳機能理解を深めるために、進化的にその機能回路をさかのぼることでエッセンスが見えてくるのではないかと考え現在研究を進めています。ゼブラフィッシュは、その透明な脳の中に複雑なヒト神経回路の基本構成をもっています。この微小脳を分子レベルで詳細に調べることで、ストレスや環境変化などの外乱に対して、情動システムがどのように反応するのかを明らかにしていきます。


<研究>

左脳/右脳神経回路と情動を司る神経機構の研究

本研究のポイント
○ 右脳と左脳の神経情報が非対称な神経回路を介して伝搬することを発見
○ ゼブラフィッシュ脳の透明性を生かし、左右神経回路の活動様式をシステムレベルで解明する

 これまで脳の左右差はヒトの言語機能が主に左大脳皮質に局在することからヒトに特有の現象と考えられてきました。神経情報が脳の左右に分かれて入力され処理される脳の左右非対称性は高次脳機能の神経機構に重要な役割を果すと考えられますが、動物実験の難しさから分子レベルでの解明が全く明らかにされておりませんでした。私は、発生生物学や遺伝学の分野でモデル動物として注目される小型淡水魚ゼブラフィッシュを用いることにより、これまで謎とされてきた左右の神経情報の伝搬様式を明らかにしようとしています。これまでに、情動と深く関わるとされる手綱と呼ばれる脳の部位で、神経回路に左右非対称性があることを発見し、その形成機構を明らかにしました。
 手綱核は進化的に保存された大脳辺縁系の一部であり、終脳神経核と中脳脚間核を結ぶ伝導路を形成しています。ゼブラフィッシュにおいてはNodalシグナルとよばれる遺伝子群が左脳片側だけで活性化することにより、手綱核の大きさにみられる左右非対称性の方向が決定されます。我々はゼブラフィッシュの手綱核−脚間核投射路において、左手綱核軸索は主に背側脚間核に投射し右手綱核は主に腹側脚間核に投射するという対応関係、“ラテロトピー”を明らかにし(図1)Nodalシグナルはラテロトピーを方向付けていることを発見しました(図2)。これらの結果は、左脳と右脳に分配されている神経情報がその情報を失うことなく両側性に伝達されるメカニズムを明らかにするものであり、それは脊椎動物にみられる機能的左右差において重要な役割を果すかもしれません。
 これらの成果は、左脳と右脳の神経情報が異なった神経回路を経て処理される過程を世界で初めて解明する研究成果で、今後このようなモデル動物を用いた研究によって、脳の左右がどうして異なった機能を持っているのかを知る有力な糸口を切り開きました。
 近年、ゼブラフィッシュは胚の透明性を確立された遺伝学的手法により高次脳機能解明へのハイスループットなモデル動物として注目されています。現在、これらの結果を発展させ、手綱核神経回路及びその左右非対称性が高次脳機能に果す役割について遺伝子導入動物などを用いた神経活動を行なっています。


図の説明

Figure 1
ゼブラフィッシュ手綱核における左右非対称な神経結合の模式図

(A)ゼブラフィッシュ成魚脳を側面からみた模式図。終脳と腹側中脳を連絡する手綱核神経回路を示している。(B)、(C)ゼブラフィッシュ成魚脳の手綱核レベル(B)及び脚間核レベル(C)での横断切片。左右の手綱核はそれぞれが異なった神経結合パターンを示す。緑に標識された左手綱核(lHb)は主に背側脚間核(dIPN)へ投射し、赤に標識された右手綱核(rHb)は主に腹側脚間核(vIPN)へ投射している。

略語:Cbll、小脳 ; d、背側 ; Hb、手綱核 ; Hy、視床下部 ; IPN、脚間核 ; l、左OB、嗅球 ; r、右 ; Tel、終脳 ; TeO、視蓋 ; v、腹側

Figure 2
Nodalシグナルと手綱核神経結合の関係
正常な内臓位置を示した個体(A、C、E)及び内臓逆位を示した固体(B、D、F)を背側から観察した。(A、B)緑色蛍光蛋白を遺伝子導入した受精後28時間後の胚を用いてNodalシグナルを生体内で可視化した。(A)は内臓が正常位置の個体でNodalシグナルを示す緑色蛍光蛋白が手綱核原基の左側のみに発現する。それに対して内臓逆位を示すabout face変異体(B)ではNodalシグナルを示す緑色蛍光蛋白が右側に発現していた。(C、D)受精後4日目に左側手綱核に強く発現するマーカー遺伝子leftoverの発現もNodalシグナルが発現した方向と同じ側に発現し、左右差の方向が逆転している様子が観察された。(E、F)受精後4日目における手綱核からの神経結合パターン。左側の神経線維が緑、右側の神経線維が赤で標識されている。正常な内臓位置を示した個体では左側からの神経線維が右側からの神経線維の背側に位置しているのに対して(E)、内臓逆位を示す個体ではその神経結合パターンが逆位している(F)。


Figure 1


Figure 2